米国財務省による、「為替報告書」により、指定される為替操作国。
米国通商交渉劇場の猶予期間がデットラインを迎える6月中旬ころに、その発表を控えています。
為替報告書で米国に「為替操作国」と認定された国は、その制裁対象となります。
貿易不均衡を謳うトランプ政権が、為替に言及する場面は少なくないことから、この為替報告書に注目が集まるタイミングが来ると思います。
結論から申し上げると、為替報告書がマーケットに与える影響は限定的と予想していますが、備えあれば憂いなしということで、今回は為替報告書について予習しておきたいと思います。
為替操作国 概要
米国の財務省が年に2回(4月と10月)、連邦議会に提出する「Semiannual Report on International Economic and Exchange Rate Policies(米国の主要貿易相手国の外国為替政策に関する報告書)」のことを指します。
米国の主要貿易相手国が故意に為替介入などで為替レートを操作して自国通貨安を誘導していないか調査し連邦議会に提出する報告書です。
提出が4月と10月、発表がそれぞれ6月、12月頃です。
為替操作の目的
主に次のような目的で為替操作が行われるとされます
- 輸出競争力の強化:自国通貨を意図的に安くすることで、輸出品の価格を下げ、外国での競争力を高める。
- 経常収支の黒字維持:貿易黒字を意図的に拡大・維持するため。
アメリカ財務省による指定基準(2020年以降の運用)
アメリカは「為替報告書」を発表し、次の3つの基準をもとに監視・指定を行います:
- 対米貿易黒字が200億ドル以上
- 経常収支黒字がGDPの2%以上
- 外国為替市場への一方向的な為替介入(GDPの2%以上の規模)
この3つすべてに該当する国は「為替操作国(Currency Manipulator)」とされます。
1~2項目に該当する国は「監視リスト」に載せられます。
過去に「為替操作国」に指定された国の例
- 中国(2019年に指定、2020年に解除):政治的・経済的背景が強く関与していたとされます。
- 他にも、かつて韓国、台湾、スイス、ベトナムなどが監視リストに載ったことがあります。
指定された場合の影響
- 国際的信用の低下:為替操作国としての認定は、その国の経済政策への疑念を招きます
- 米国との交渉圧力:米国が通商交渉や関税措置で圧力をかける材料になります
- 金融市場への影響:為替市場での通貨安・高の動きに影響を与える可能性があります
2024年10月(直近)の為替報告書状況
最新のアメリカ財務省の報告書によると、2023年を通じて為替操作国に該当する国は存在しませんでした。
しかし、以下の国々が「監視リスト」に掲載されています。
監視リスト掲載国(2024年11月時点)
国名 | 該当理由 |
---|---|
日本 | 対米貿易黒字(624億ドル)および経常収支黒字(GDPの3.5%)が基準を超過。 |
中国 | 大規模な対米貿易黒字と為替政策の透明性欠如。 |
台湾 | 対米貿易黒字および経常収支黒字が基準を超過。 |
ベトナム | 対米貿易黒字および経常収支黒字が基準を超過。 |
シンガポール | 経常収支黒字および一方向的な為替介入が基準を超過。 |
マレーシア | 経常収支黒字が基準を超過。 |
ドイツ | 対米貿易黒字および経常収支黒字が基準を超過。 |
これらの国々は、以下の3つの基準のうち2つ以上に該当したため、監視リストに掲載されています
- 対米貿易黒字が150億ドル以上。
- 経常収支黒字がGDPの3%以上。
- 12か月間で8か月以上、GDPの2%以上の一方向的な為替介入。
日本の状況
日本は、2023年に対米貿易黒字が624億ドル、経常収支黒字がGDPの3.5%と、上記の基準のうち2つに該当しため、監視リストに追加されました。
なお、2024年4月と5月に日本が為替市場に介入したことが報告されていますが、これらの介入は報告期間外であり、監視リストへの追加には直接影響していません。
中国の状況
中国は、対米貿易黒字が大きく、為替政策の透明性に欠けることから、引き続き監視リストに掲載されています。
特に、外国為替市場への介入や経常収支の報告に関する透明性の欠如が懸念されています。
為替操作国に認定される国はある?
現在では、米国財務省の定めるガイドラインに全て抵触している国はないことから、為替操作国の認定は可能性が低いです。
ただ、これまでのルールを無視してゴリっと政策を押し進めるトランプ政権であれば例外的に「為替操作国」認定を行う可能性はあります。
その場合、やはり注目されるのは中国ではないでしょうか。
過去に中国が為替操作国とされた経緯(2019年)
- トランプ政権時代(2019年8月)、米中貿易戦争の最中に、中国は為替操作国に正式認定されました。
- 米国は、中国が人民元を意図的に安く誘導していると主張。
- しかし、わずか5か月後(2020年1月)に解除されました(米中「第一段階合意」の直前)。
2025年時点の中国の現状と評価
米財務省の為替操作認定3条件 | 中国の現状(2023年末報告時点) | 該当状況 |
---|---|---|
① 対米貿易黒字が150億ドル以上 | 約3200億ドル(非常に大きい) | ○ |
② 経常収支黒字がGDPの3%以上 | 約1.6%前後(下がってきている) | ✖️ |
③ 大規模・一方向的な為替介入 | 明確な介入は確認されず。透明性の欠如が問題視されている | △(不明) |
→ 現在は「1項目該当(+透明性に問題)」のため、監視リスト入りにとどまっています。
中国が指定された場合 まとめ
前述した通り、ガイドラインには抵触していないものの、無理やり為替報告書で中国が「為替操作国」に指定される可能性はあります。
ただ、為替操作国に指定されたとしても、米国の取り得る対策としては「関税制裁」程度であり、これは為替操作国指定を待たずとも、大統領自らゴリ押しできる政策であり然程意味をなしません。
その他、国際市場からの信用低下などの影響はありますが、中国にとっては屁でもないでしょう。
米中は現在関税の一時停止で合意しており、交渉を進めている状況であり、その最中わざわざ米国が交渉のノイズとなる為替操作国指定のカードを切るとも考え辛いことから、おそらく為替操作国の指定はないと見ています。
その為、6月が近づくと為替報告書が一時的にマーケットで注目される場面があるかもしれないが、その影響は限定的と見ています。
貿易不均衡の是正について、米国による為替への言及(ドル安の強要)が意識されておりますが、関係筋によれば、「トランプ政権の経済チームでこれらの問題への対応を担っているのはベッセント財務長官ただ1人で、貿易相手国・地域との通貨政策の協議を他の政権高官に委ねることはしていない。こうした問題はベッセント氏が出席する場でのみ交渉される」と語っています。
ソース Bloomberg 米国はドル安を模索していない、各国との関税交渉で-関係者
ベッセント氏は、ジョージ・ソロス氏のソロス・ファンド・マネジメントでロンドン支社長を務め、1992年の「ブラック・ウェンズデー」でのポンド売りで10億ドルの利益を上げ、2013年には日本円に対する投資で12億ドルの利益を記録した、プロ中のプロです。
また、ベッセント氏はしきりに基軸通貨としての「強いドル」の重要性は主張しながらも、為替市場の自由な変動を尊重する立場を取っており、為替レートの人為的な操作には否定的です。
膨大に膨れ上がった市場を一国の政府がどうこうできる問題ではないということを理解しているのでしょう。
ベッセント財務長官は、中国が世界の工場として過剰生産国となった一方、対照的に消費大国となった米国という経済構造の是正を重要視していると何度も発言しています。
ドル安誘導による一時的な貿易赤字の縮小を実現したとしても、米国への投資減速などの弊害がともななることから、経済構造自体の変革を求めた行動を優先する思われます。

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